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東京地方裁判所 平成2年(ワ)16783号 判決

原告 有限会社竹内商事

右代表者代表取締役 高木博美

右訴訟代理人弁護士 岡田暢雄

同 滝田裕

被告 株式会社ラッキーウイング

右代表者代表取締役 古林行雄

右訴訟代理人弁護士 遊佐光徳

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一、原告の請求

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を明渡し、かつ、金八一五万八五一八円及び平成二年一二月二九日から右明渡し済みまで一か月金三二四万四六〇〇円の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

賃貸人たる原告に無断で、建物賃借人たる被告の全株式が一度に譲渡され、経営者・役員が全面変更となったが、被告が同族会社であり、賃貸借契約上、賃貸人たる原告の継続的信頼関係が専ら被告の実質経営者であった林瑞峰個人に向けられていた等の事情がある場合、右は賃借権の無断譲渡と同視すべき行為であるから、原告は、賃貸借契約を解除できるとして、建物の明渡しと解除日の翌日である平成二年七月一一日から右明渡し済みまで一か月金三二四万四六〇〇円の賃料相当の損害金(平成二年一二月二八日までは被告供託分との差額合計金八一五万八五一八円)の支払を求め、争われた事件である。

一、争いのない事実等

(〔 〕内は事実の認定に供した証拠であり、特に証拠を摘示していない事実は当事者間に争いがない事実である。)

1. 原告は、被告に対し、昭和五八年一〇月一七日、本件建物を次の約定で貸し渡した〔甲第三号証〕。

使用目的 飲食業

期間 昭和五八年一〇月一六日から昭和六〇年一〇月一五日まで

賃料 一か月金一四二万円

被告の連帯保証人 訴外林瑞峰(以下「訴外林」という)

2. 本件賃貸借契約は、昭和六〇年一〇月一五日、次の約定で更新された。

期間 昭和六〇年一〇月一五日から昭和六二年一〇月一四日まで

賃料 一か月金一五五万円

被告の連帯保証人 訴外林

3. 本件賃貸借契約は、昭和六二年一〇月一六日、次の約定で更新された〔乙第八号証〕。

期間 昭和六二年一〇月一六日から昭和六四年(平成元年)一〇月一五日まで

賃料 一か月金一七八万二五〇〇円

被告の連帯保証人 訴外林

4. 被告は、昭和五八年一〇月一日に設立された、訴外林らの林一族が一〇〇パーセント出資する株式会社であった。

5. 昭和六二年一〇月二七日、被告の現代表者である古林行雄(以下「古林」という)は、訴外林との間で株式譲渡並びに債務代位弁済等契約を締結し(この契約を以下「本件株式譲渡契約」という)、同年一一月二五日、訴外林から被告会社の株式全部の譲渡を受け、被告の役員を入替え、訴外梅田俊明(以下「訴外梅田」という)を被告会社の代表取締役にしたが、平成元年四月、被告の代表者は古林に交替した。

6. 原告は、被告に対し、平成二年七月一〇日古林に到達した内容証明郵便をもって、本件株式譲渡契約に基づく被告株式の全部譲渡、被告の役員入替え等は賃借権の無断譲渡と同視すべき行為であることを理由に、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

二、争点

被告の全株式が譲渡され、経営者・役員が全面変更となったことは、賃借権の無断譲渡と同視すべき行為であり、賃貸借契約の基盤たる信頼関係を破壊することを理由に、原告は本件賃貸借契約を解除できるか否か。

〔原告の主張〕

1. 本件賃貸借契約締結当時、被告は訴外林をはじめとする林一族の同族会社であり、訴外林が被告の代表者として経営を行っていた。

2. 原告は、訴外林が有名な輸入映画会社を経営し、資産も有することから、同人を信頼し、当初本件賃貸借契約を訴外林個人との間で締結する合意がなされたものであったが、専ら訴外林の都合で被告名義で本件賃貸借契約が締結された。本件契約締結の際、被告は訴外林のオーナー会社であり、契約上の全責任は訴外林が持つとの約束がなされ、その趣旨で同人は被告の連帯保証人になった。

3. 被告は、本件建物を唯一の営業場所とし、被告の資産・負債も本件建物の賃借権にかかるものだけである。

4. しかるに、原告に無断で、訴外林、古林らは、本件株式譲渡契約を締結し、被告会社の全株式が訴外林から古林に譲渡されて訴外林は被告の経営から退いた。しかも右契約において、被告会社の保証金や内装什器等の資産を個別的に譲渡し、また、負債の引継ぎが個別に行われている。したがって、右契約は、「賃貸人たる原告の承諾」や「賃借権譲渡承諾料の支払」手続を回避する目的で、株式の譲渡を装った、賃借権を含む被告の営業全部の譲渡に該当するものである。

5. 原告は、平成元年一〇月一五日の本件賃貸借の期間満了にともなう更新の時点で、初めて訴外林が被告の経営から一切離脱している事実を知った(右時点において、訴外林は、被告の連帯保証人として契約書に署名することを拒絶するに至った。)。

6. なお、古林は、訴外株式会社光洋の代表取締役であるが、右会社は平成三年七月四日、銀行取引停止処分を受けて倒産し、古林の資力については極めて不安な状況にあり、被告は、平成三年四月分から八月分までの賃料相当額の供託もできない。

〔被告の主張〕

1. 訴外有限会社プレステイージュ・カンパニー(代表者訴外梅田、以下「プレステイージュ」という)は、ディスコ店を経営する目的で昭和五九年六月に設立された被告の子会社であるが、原告の承諾を得て、被告は、本件建物を同会社に転貸し、プレステイージュは、風俗営業の許可を取って本件建物をディスコ店として使用し、その営業は主として訴外梅田の知識等で運営され、原告も右を承知していた。したがって、被告の営業について訴外林個人の知識・運営方法を原告が信頼したものではない。

2. 被告は、昭和六〇年一一月一日、訴外梅田に対し、プレステイージュの全持分を譲渡し、同人が同社を管理する権限があることを確認する旨の契約をしたが、昭和六二年九月、被告は、プレステイージュに対し、転借料不払等を理由に破産宣告の申立をした。

3. 古林は、訴外梅田からディスコ店の営業を継続する方向で協力してほしいと懇請され、前記のとおり、昭和六二年一〇年二七日、被告、訴外林、プレステイージュ、訴外梅田との間で本件株式譲渡契約を締結し、全株式を古林が取得し、役員の入替えもしたが、被告会社の営業目的、本件建物の使用状況に全く変更はなく、被告会社の実態は継続して何らの変更もない。

4. 本件賃貸借契約において、被告は、原告に対し、保証金五〇〇〇万円を預託しており、原告は賃料支払の保証を通常の範囲内で確保している。また、訴外林は、前記のとおり、昭和六二年一〇月一六日の更新の際、被告会社の連帯保証人となっており、本件賃貸借契約が更新された現在も連帯保証義務は継続している。

第三、証拠〈省略〉

第四、争点に対する判断

一、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、

1. 被告は、昭和五八年一〇月一日に設立された、訴外林らの林一族が一〇〇パーセント出資する同族会社であり、訴外林が代表者として経営を行っていた。もっとも、昭和六〇年一〇月の本件賃貸借契約更新時の被告の代表取締役は、訴外林ではなく訴外小林甫であり、本件株式譲渡契約締結当時まで同訴外人が被告の代表者であった。

2. 原告は、訴外林が有名な輸入映画会社を経営し、資産も有することから、同人を信頼し、当初、本件建物を訴外林個人に賃貸する話が進んでいたが、訴外林の要請によって訴外林が主宰する会社である被告に賃貸することとなり、昭和五八年一〇月一七日、本件賃貸借契約が締結され、訴外林は被告の連帯保証人になった。

3. プレステイージュは、ディスコ店を経営する目的で昭和五九年六月に設立された被告の子会社であるが、被告は、原告の承諾を得て、本件建物を同会社に転貸し、プレステイージュは風俗営業の許可を取った上、本件建物をディスコ店として使用し、その営業は主として訴外梅田の知識等で運営され、原告も右営業の実態を充分承知していた。

4. 被告は、昭和六〇年一一月一日、訴外梅田に対し、プレステイージュの全持分を譲渡し、同人が同社を管理する権限があることを確認する旨の契約をしたが、同社が本件建物転借料を支払わなかったため、昭和六二年九月、被告は、プレステイージュに対し、破産宣告の申立をした。

5. 古林は、訴外梅田からディスコ店の営業を継続する方向で協力してほしいと懇請され、昭和六二年一〇月二七日、被告、訴外林、プレステイージュ、訴外梅田との間で、本件株式譲渡契約を締結し、同年一一月二五日、被告の全株式を古林が取得し、訴外林は被告の経営から全面的に退いた。古林は、被告の役員を全員入替え、訴外梅田を代表取締役に就任させたが、平成元年四月、被告の代表者を訴外梅田から古林自身に交替し、現在に至っている。古林が被告の株式を取得した直後の昭和六二年一一月ころ、被告は、原告の承諾を得て内装を変更したが、それ以外には被告会社の営業目的、本件建物の使用状況に全く変更はなく従前どおり継続しており、被告会社の実態に何らの変更もない。また、本件株式譲渡契約の以前と以後とで被告の賃料支払状況には、特に変化はなく、何らの滞りもない。

6. 訴外林、古林及び訴外梅田は、本件株式譲渡契約を締結することについて、原告の事前の承諾も取っておらず、事後にその報告もしていない。

7. 原告は、平成元年一〇月一五日の本件賃貸借の期間満了にともなう更新の時点で、訴外林が被告の連帯保証人になることを拒絶したため、初めて訴外林が被告の経営から一切離脱している事実を知るに及び、原告は本件賃貸借契約の更新を拒否し、双方代理人を介して契約更新について種々交渉をしたが合意に達せず、結局、本訴に至った。

8. 本件賃貸借契約において、被告は、原告に対し、保証金五〇〇〇万円を預託している。

以上の事実が認められる。

二、そもそも、株式の譲渡や役員等の変更は、法令・定款の範囲内において原則として株主もしくは当該会社の自由であり、他の干渉すべき事柄ではないが、賃貸借契約の場面において、賃借人の法形式が全く同一であっても、その実態に変更があるときには、右株式の譲渡や役員等の変更は民法六一二条の賃借権の無断譲渡・転貸と同視でき、賃貸借契約の解除原因となる場合があり得る。

本件について検討するに、右認定の事実によると、本件株式譲渡契約前の被告は、訴外林がその主宰者であり、その経済的信用性に着目して、本件賃貸借契約が締結されたものであることは明らかであるが、本件株式譲渡契約によって株主及び役員等が全面的に変更となっても、被告の営業目的、本件建物の使用状況に全く変更はなく従前どおり継続しており、被告の営業の実態は何らの変更もなく(実際の営業は訴外梅田が継続して営業していた。)、また、本件株式譲渡契約締結の以前と以後とで被告の賃料支払状況にも特に変化はなくて何らの滞りもなく、そのために原告も平成元年一〇月の更新時期まで、株主及び役員等の全面変更について全く気付かなかったというのであるから、被告の存立及び本件賃貸借契約に関する信頼の基礎が、訴外林の個人的信用のみに依拠していたほど被告が法人性の希薄な会社であったとは認め難く、結局、本件株式譲渡契約によって株主及び役員等が全面的に変更となったことを捉えて、民法六一二条にいう賃借権の無断譲渡と到底同視することはできない。また、訴外林、古林、訴外梅田らが、本件株式譲渡契約を締結したことについて、原告の事前の承諾を取る必要まではないものの、事後に原告に報告をすべき信義則上の義務はあると思料されるが、それをしなかったからといって、これをもって賃貸借契約の基盤たる信頼関係を破壊するとまで到底評価することはできない。更に、本件賃貸借契約において、被告は、保証金五〇〇〇万円(一七八万二五〇〇円の賃料の約二八か月分に相当する。)を預託していること、及び前記のとおり昭和六二年一〇月一六日の更新の際、訴外林は、被告の連帯保証人となっており、平成元年一〇月以降、本件賃貸借契約は法定更新の状態となったのであるから、特別の事情のない限り、訴外林の連帯保証義務は継続していると解されるから、右結論は、実質的にも妥当であると思料される(もっとも、乙第九号証によれば、本件株式譲渡契約においては、平成元年一〇月一五日以降、訴外林は本件賃貸借契約の連帯保証人を外れ、古林または訴外梅田がこれと交替することになっている。)

なお、原告は、古林は、訴外株式会社光洋の代表取締役であるが、右会社は平成三年七月、銀行取引停止処分を受けて倒産し、古林の資力については極めて不安な状況にあり、また被告は、資金調達ができずに平成三年四月分から八月分までの賃料相当額の供託もできず、現在の被告ないし古林の経済的信用等に多大の不安がある旨主張するが、仮に、原告の右不安が杞憂でなく、現実に被告の主張する賃料さえも支払供託することができないならば、端的に、原告は賃料不払を理由として本件賃貸借契約を解除すればいいのであって、強いて本件株式譲渡契約の締結等を民法六一二条にいう賃借権の無断譲渡と同視できるなどと主張する必要性に乏しいといわざるを得ない。また、本件全証拠によるも、本件株式譲渡契約は、「賃貸人たる原告の承諾」や「賃借権譲渡承諾料の支払」手続を回避する目的で、株式の譲渡を装った、賃借権を含む被告の営業全部の譲渡に該当する背信性の著しい契約であると認めるに足りない。

三、以上の次第で、原告の請求は理由がない。

(裁判官 片野悟好)

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